いなかぐらしのススメ ~東京、大阪で働き続けたITエンジニアが辿り着いた極上生活とは~

外資系半導体企業でエンジニアとして働いてきた筆者が、東京、大阪での仕事生活を経て、ふと思い立っていなか暮らしを始めたところ、そこには極上の生活がありました。大都会で働きまくっていた時には、こんな生活があるということをこれっぽっちも考えなかったので、同じような境遇の方に少しでも知っていただきたいと思い、いなか暮らしの日常を綴ります。

超激安観光ツアー!?いなかの催し物は、意外と凄くてお得

3月4日(金)に、地元の公民館*1主催の「久井の歴史文学地学ツアー」というのに参加しました。バスに乗って2時間で久井町内の5ヶ所を見て回るというツアーだったのですが、地元のことを良く知った方が案内してくれたので、非常に勉強になり充実した時間を過ごすことができました。

旅行会社が企画するツアーも素晴らしいですが、いなかの地元で開催されるこういった催しは、とにかく安い!激安です!!今回の参加費は100円。缶ジュースも買えない安さです(^^)

しかし、安いからといっても中身は非常に充実していますので、周辺地域でこういう催しの情報を集めると、とてもお得に楽しめると思います。

能書きはこれぐらいにして、今回のツアーを回った順番でご紹介します。

 

莇原のオガタマノキ

莇原は「あぞうばら」と読み、地名です。ある個人宅の庭先に、樹齢300年以上と推定されるオガタマノキがあります。漢字では招霊木と書き、オキタマと呼ばれていたものが転じてオガタマになったそうです。暖かい地方に分布し、このあたりが北限とされています。

この写真に写っている樹の幹を縦に走っている筋が分かりますでしょうか。これは1868年に百姓一揆が起こった際に、当時の莇原村の割庄屋であったこの家の母屋が焼き討ちにあい、その時に焼けたのだそうです。その後、樹皮が傷口をふさぎ、今も歴史の生き証木(人ではないですから^^)として痕跡を残しています。

ちなみに、一円玉の若木のデザインはオガタマノキだと言われており、招霊木が描かれた神が宿る硬貨という見方もあります。ですので、一円を笑うものは一円に泣くという言葉がありますが、単純に数字的な話だけでなく神様をないがしろにするのでよろしくないというのもあるそうです。

久井の岩海

言わずと知れた(?)広島県が世界に誇る地質学的遺産で国指定の天然記念物です。岩海(がんかい)という名前は、この場所を研究した広島大学の今村教授が命名したそうです。約22ヘクタールに渡って岩がゴロゴロしています。西ドイツにもう少し広い世界最大規模の岩海があるので、日本一は当然なのですが「世界最大級の」と表現しても良いように思います。

この写真の左の方で、岩がゴロゴロしている中に1.5mほどの木があり、その右脇にある看板が「ぜにがめこうろ」を示しています。子供の亀は丸い形で、お金に形が似ていることからゼニガメと言いますが、それと似た形の岩が転がっていて「ぜにがめごうろ」と呼ばれています。ぜにがめごうろを撫でると、ご利益でお金が貯まるとか貯まらないとか(^^)昔から山や岩は神聖なものとして崇められていますので、この場所はパワースポットとしても良い場所なのではないでしょうか。

吉田山甌穴郡

山陽自動車道の脇にある甌穴(おうけつ)郡です。ここは川底の化石とでもいうような地形で、何万年も前にこの上を水が流れていた跡なのだそうです。このように大きな岩の上を水が流れていると、流れてきた石でところどころ削られていきます。

その削られた穴が大きくなると、今度は流れてきた石がその穴にはまり込んで抜け出せなくなります。その様子が次の写真です。すると、石は穴の中をくるくると動き回ることしかできず、削られ続ける穴は深く大きくなっていきます。こうしてできた穴のことを甌穴と言います。吉田山甌穴郡では、あちこちにこのような甌穴を見ることができます。ちなみに、この丸い石は演出で、撮影用に置いたもので、吉田山甌穴郡発掘時に見つかった小石は、置いたままだと誰かに持って行かれてしまう恐れもあるということで、久井町の民俗資料館に保管されています。

国内の他の地域、岡山県鏡野町にある奥津渓の甌穴群は、東洋一の甌穴と称され有名ですが、今も水が流れています。写真を見て感じられるかと思いますが、ここは川の底のような地形で、何万年も前にこの場所に川があったという痕跡です。久井町の甌穴は水のない場所で甌穴を見られる他にない貴重な場所です。

 

その他

今回のバスツアーでは、時間の関係やバス移動の関係で見て回ることはできなかったのですが、久井稲生神社と末近四郎三郎信賀(すえちかしろうさぶろうのぶよし)の説明もバスで現地を通りながら学ぶことができました。京都の伏見稲荷の3万ほどある分霊のうち、一番古いものが久井稲荷神社だったり、末近四郎三郎信賀という人物が小早川隆景の一番の重臣で多大な貢献をしていた方だったりという話を聞き、もっともっと知りたいと思いました。

 

*1:広島県三原市久井町の久井公民館